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第5回MJサロン:原エリザベスさんをお迎えして [報告]

5回目となるMJサロンでは、名古屋から原エリザベスさんをお迎えしました。
登山家であり医師であった故原真さんのパートナーであり、現在は英語、ドイツ語、フランス語の教師や翻訳、通訳のお仕事をされています。
*原真さんのプロフィールは、コチラの今回の案内文をご覧ください。

コーディネーターは北村節子さん。ほか、MJリンク呼びかけ人の田部井淳子さん、サポーターの吉田三菜子さん、恩田真砂美さん、柏澄子、そして参加の皆さんが集まりました。

会場は、いつもの通り表参道にある「ビオクラスタイル・クッキングスクール」です。
今回は、ビオクラさんからもご推薦いただいた「HANADAROSSO」さんにお弁当をケイタリングしていただきました。ビオクラさん同様、玄米菜食、マクロビオティックにこだわった食事を提供してくださいます。
なんと、エリザベスさんは何十年もベジタリアンを続けているそうです。野菜や豆類、穀類の入手先にも十分に注意を払い、無農薬のものを取り寄せて、ご自身で調理しているそうです。
エリザベスさんの故郷はフランス・アルザス地方ですが、自然豊かでまた食糧も十分に採れ、オーガニックに対する意識の高い土地だと言います。そんなエリザベスさんですから、日本でも安全でおいしい食材を手に入れるために、さまざまな工夫をしているようです。

さて、三々五々集まった参加者たちが、思い思いに夕食をとったら、いよいよエリザベスさんのお話が始まります。
コーディネーターである北村さんの第一声は、「皆さん、NHKの朝の連ドラ『マッサン』を観ていますか~?」でした。そうです、エリザベスさんはマッサンにでてくる亀山エリーさんの境遇と似ていて、北村さんはドラマを観るたびにエリザベスさんを思い出していたそうです。
エリザベスさんは、ネパールの首都カトマンズで原真さんと出会い、恋におち、国際的な遠距離恋愛を続け、世界のあちこちで会い(そのほとんどがヒマラヤ地域だったりするのですが)、やがて結婚し、日本へとやってくるのです。

結婚に至るまでの道のり、双方の家庭に反対されたことなどもお話くださいました。
また、ご自身がフランスで医師をやっていながら、それを止めるに至った心境もお聞きしました。
さらには、アルザスというのがどういう土地なのか、その豊かさや多様性も私達は知ることができ、まさにアルザスのような土地柄がエリザベスさんという人間を創ったのではないだろうかと、思いました。

原さんとの恋愛も結婚も、そしてその後の生活も、とてもエキサイティングです。
あるときは、小さな子どもをふたり連れてパタゴニアへ行きます。むろん、原さんがフィッツロイに登りたいからです。家族はベースキャンプで遊んでいるという計画ではありますが、エリザベスさんは、行くまでパタゴニアがどんなところか知りません。「嵐と、フィッツロイがある国!」とエリザベスさんが言うのには、思わず笑ってしまいました。烈風吹きすさぶパタゴニアに、子連れで行くのは至難の業です。轟轟と流れる川を馬に乗って渡るときも、「人間はバカではない。子どもだって馬にしがみつき、落ちるわけはない」と原さんは言いますが、エリザベスさんは気が気ではありません。

そうやって原ファミリーは世界各地の山岳地域を旅しますが、エリザベスさんは断固として山には登りません。二本の脚で立って歩ける範囲しか登りたくないそうです。岩壁や雪壁をいだいたヒマラヤの氷雪嶺は眺めるもの。
そうなると、ベースキャンプでお留守番。カラコルムのベースでは、40日間たったひとりで登山隊の帰りを待っていたそうです。けれど退屈はしません。毎日あちこちハイキングに行きます。本も沢山読む時間があるから、幸せそうです。「登山隊が無事かえってくるか心配では?」という質問には、「衛星携帯もなにもない時代、連絡が取れないのだから仕方がない。それに、万が一のときは無理して捜索せず、ボディはそのままヒマラヤの山に眠らせておいてくれ、と言われていたから」とあっけらかんとしています。

やがてエリザベスさんたち夫妻は、ネパールからご縁のあるシェルパの子どもたちを養子に迎えるようになります。原さんとの間に生まれた子ども二人と一緒に育てます。しかし実際には、日本の法律の問題があり、なかなか日本ではビザや国籍が取得できないため、エリザベスさんのご両親が暮らすアルザスで暮らすことになります。エリザベスさんは、「(それまで教育の)機会に恵まれなかったとしても、それを与えてあげれば、人間はきちんと成長する」と言います。シェルパの子どもたちは、ものすごく努力をし、勉強をし、いまはスイスとフランスで働いているけれど、ネパールに住む親の面倒をしっかりとみていると言います。親が子と離れるのはとても辛いこと、そこを押し切って子どもの将来のために送り出してくれた親心を、子どもたちは理解するのでしょう。

そしてなんとエリザベスさんはいま、13歳のブラジル人の男の子と暮らしています。在日ブラジル人の友人は、一人の息子を残してがんで死亡。彼女はシングルマザーだったので、引き取り手もなく、エリザベスさんが育てているのだそうです。「血は繋がっていなくてもう、うまく育つ。子育てはとても楽しい」と、60歳を越えたいまも、エネルギッシュに言います。

そして、真さんとの間の子どもが住むロンドン、カリフォルニア、シェルパの子どもたちが住むスイスとフランス、そしてネパールに加えて、13歳の息子のおかげでサンパウロにも家ができて幸せだとも。「世界中どこへいっても、ただいま!と言える場所がある」と。

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いつも明るく、前向きなエリザベスさん
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登山を社会的な面から切り取ってくれたり、また女性としての指南を示してくださるコーディネーターの北村さん
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MJリンク呼びかけ人であり、MJサロンを発案した田部井さん。エリザベスさんとは旧知の仲。

エリザベスさんのお話はとてもエキサイティングで、そして温かなものでした。
印象に残った言葉をいくつか、書き記します。
・人生はぜったいにいいことがあるのだから、悲しみに暮れているなんてもったいない
・Let's stay Possitive
・道を拓く方法は、いくらでもある
・ストレス解消は散歩。歩いて歩けば、ストレスもなくなる
・一歩一歩、深く深呼吸しながら進んでいく
・自分自身をコントロールすることが大切

さて、会場から沢山の質問が出ましたが、最後にある参加者がした質問があっぱれでした。
原さんとの恋愛や17歳年上の奔放な夫をどのように操縦していたか(相手が怒っているときは、距離をとることが重要)などの話を聞いたあとに、彼女が質問したのは「それで、生まれ変わったら、原さんとまた結婚しますか?」。これには、会場も沸きました。
エリザベスさんの答えは、私達の胸の中にしまっておきたいと思いますが、なんとも清々しい答えでした。
人生を生き抜くというのは、人を愛し貫くというのは、こういうことなのかもしれないと思いました。

MJサロンは、田部井さんが「山に登るだけではなく、女性の先輩達話を聞き、仕事や生活に何か響くものが得られるような場を作っていきたい」と言って始めたものです。
今回もまた、とても貴重な時間をいただきました。とくに、エリザベスさんのように著作もない方であり、めったに人前でお話されない方からナマの声を聞かせてもらえるのは、ほんとうにかけがえのないものです。
エリザベスさん、北村さん、田部井さん、ありがとうございました。
私達の人生にまた、ひとつのチカラをくださいました。

次回は春ごろを予定しています。ぜひ、お楽しみにしていてください。

MJリンクサポーター・柏澄子

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コメント 2

hanahana

柏さま 回り回ってMJリンクを知りました。
素敵な活動をされていらっしゃるのですね。
高齢者のオババはエールを送ることしかできませんが
さわやかな若者にで会うことができとても嬉しいです。ありがとうございました。
by hanahana (2014-12-26 10:37) 

mjlink

hanahahaさま、
こちらにお越しくださって、ありがとうございます!

前回の市毛良枝さんのお話も、率直のご自身の人生を語っていらっしゃって感銘を受けましたが、今回のエリザベスさんのお話にも、胸がいっぱいになりました。

私もあと数歳で50歳になります。楽しく元気に50代を過ごせるよう、いまからちゃんとしていなきゃなあと思っています。

これからも、どうぞよろしくお願いいたします。
by mjlink (2014-12-26 18:38) 

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